高麗川沿いにたつ城西大学の卒業生が思い出をつづっています。

2008年08月21日

古びたテレビ

城西大学の学生だった頃。
本音で貧乏でした。
お金がなくて、大学近くにすむこともできず、実家の栃木から毎日電車通学をしていました。
片道2時間半はかかりました。
友人は月の仕送りが10万円、それ以外にバイトで5万円くらいあった中で、
我が家は仕送り10万円が捻出できず、自宅通学となったのです。

朝一の講義のある日は辛かったですよ。
その反動で自宅近くの企業に就職したようなものです。
自宅通学の場合まともにバイトもできませんでしたのでお金が無い。
その当時で20年前のテレビを使っていました。
不思議なもので、画面の色が変に変色するのですね。
そのたびにお約束のようにテレビを叩く。
すると、回復していましたね。
そのテレビも大学卒業前には完全に沈黙。
無い金をはたいてテレビデオを買ったことを思い出します。

そんな青春時代を、高麗川の流れは静かに見守っていたのかな?
Posted by かつくん at 16:38 │おもひで